あさがお葬儀社紹介センターの相談員日記 - 2008

葬儀の相談はあさがお葬儀社紹介センター

2008年12月27日(Sat)▲ページの先頭へ
最近のアンケートの言葉で今年を締めくくります。有難うございました。
 今年も多くの依頼者の方々から当センターの相談フォームを通じて、またお電話でのご相談を頂きました。
 「どこから何をどうしてよいか分らないという状態だ」とおっしゃるご相談者から、お話を整理して、順序立ててお聞きするところから始まり、メールのやりとりをし、ご要望に添った概算の見積りを取って説明し、賛同社をご紹介する。
 これだけのことが、ノウハウではなく、お1人おひとりのお気持ちと如何に向き合うことができるか色々勉強させられた1年でもありました。

 おかげさまでご葬儀後のアンケートも、お忙しい中メールや郵便での返信を多数いただき、賛同社の担当者共々恐縮すること頻りでした。
 当センターの賛同社はどちらかといえば、小所帯の葬儀社の方が多いのですが、その分担当者も最初から最後まで面倒が見られ、全体を把握できるという強みがあります。担当者は依頼者のお話を伺い、最良のご葬儀にするための臨機応変な対応ができる方が多く、アンケートでも対応の良さにお礼の言葉が多く寄せられていました。
 
 主旨をすばやく理解して、同じ目線で一緒に考えてくださったと思う。おかげで父らしい葬儀ができました。
 希望の斎場が1週間近く塞がって、急遽別な式場に変更したが、かえってよかったです。
 気軽に何でも相談できて、教えてもらいました。
 何度もの人数変更等の連絡にいつも快く引き受けてくださいました。
 細かい気配りをいただき、折々に相談に乗っていただき、大変感謝しています。
 遺体に対しても、遺族に対してもスタッフの方々の温かい誠意が伝わってくる葬儀社でした。
 分らないことだらけの我々に、いつも携帯で対応してくださったのには、助かりました。
 人の痛みや悲しみを分ってくれるスタッフだったのでとてもよかった。父の葬儀もお願いしようと思っている。

 その他寄せられているアンケートの中でも面倒見がよい担当者が多く、葬儀後も折に触れご相談されている方が多く見受けられます。
 一つひとつに誠意を持って全身で当ってくださっている賛同社の皆さんにも感謝し、来年もよろしくお願い致します。
 



2008年12月24日(Wed)▲ページの先頭へ
今年はご葬儀に関する話題がマスコミの表舞台に取り上げられた年でもありました。
いよいよ今年も残すところ後1週間となりました。
振り返って、今年は近年になくご葬儀の話題が表立って取り上げられたように感じられました。
納棺師の生き方を描いた映画「おくりびと」の話題から、団塊世代が還暦に突入し、会社から開放されたこれから先の生き方を一人ひとりが問われ始め、自身の最期も視野にいれ、どうすべきかを提案するマスコミ報道まで色々な角度から語られてきました。
 少し前までどちらかといえばタブー視されていたことが、気が付いたらごく当たり前のように語られ始めた年、と見てもあながち的外れにはならないように思われます。
 
 2〜3年前から都会を中心に、ご家族ご親族の近親者のみで執り行う家族葬なるものが急増してきましたが、今年後半に入り世の中の状況ともかみ合って、ご自宅もしくは病院から自宅以外の安置所を経由して直接荼毘に付される直葬希望が話題になり、実際にご相談も目立ってきました。
 但し、直葬も金銭的な問題ばかりではなく、自分の最期の始末はどうするか自分に問いただした結果、これでよしと決断される方も増えています。
 
 今年はまた各人が、各家庭にあったやり方を模索し始めた年でもあり、これから益々ご葬儀の選択肢も様々な様相を呈してくるようになると思われます。
 先日はご家族4名様だけの立会いのもと、菩提寺のご住職を火葬場の特別室・炉前ホールにお呼びして、15分ほどの読経後お別れになられたご喪家もありました。
 火葬のみで菩提寺からのクレームは大丈夫かと担当者に聞くと、ご住職も納得されてのことだそうです。
 形式にこだわるよりも、気持ちをはっきりお伝えし、納得のいく形を見つけることも
大切な要素になるようです。

 この時期、朝、新聞を開くと死亡欄が気になります。今週も続けざまに知り合いのお2人の名前を拝見し、ドキッとさせられました。お2人ともまだまだ現役バリバリの方でしたので、これからゆっくりお話をお伺いしようと思っていた矢先で、それももはや叶わぬ夢となってしまいました。
 ご冥福をお祈りいたします。  合掌。
 
 


2008年12月21日(Sun)▲ページの先頭へ
ご心配の余りと親戚の方が口出しするのは難しい。
 最近はメールでのご相談を、ご家族の方(万が一の時は喪主か施主になられる方並びに伴侶の方)以外のご親戚の方から受けるケースが目につくように思われます。
 特にご当人様と親しい間柄であればあるほど状況を見てご心配の余り、居ても経ってもいられなくなり、ご家族にお断りなくご連絡いただくということになるようです。
 ご相談自体は大いに結構なのですが、当方とのやりとりをして、見積りを取り、ご検討いただいても、いざという時にご喪家から「なぜ、あなたが」というような見方をされないとも限りません。
 ことここに来てはじめてご本人とは親しいだけで直接な血のつながりがないことに思い至り、二重の落胆をされる破目になってしまいます。
  
 少し前のことですが、横浜の義兄の方からご相談のメールを頂きました。
 同じ横浜在住の妹さんのご主人が危篤状態とのことでした。
 義弟のご実家は東北地方ですが、「実の兄弟以上の付き合いをしていたので、最期の別れを悔いのないものとしたい一心で、妹とも相談しつつのお願い」とのことでした。
 依頼者は妹さん1家の状況もよくご存知で、また妹さんも喪主に当られますが、御2人ともご当人様と血のつながりはありません。
 一方、義弟の方にはお母様、ご兄弟がいらっしゃいます。
 依頼者の独断の形で話が進んだことに、途中ご兄弟から異論がでてきたようです。
 最後は血のつながりがものを言いました。
 一言先にご実家にご相談すべきでした。
 これでは双方ともに気まずい思いだけが残ってしまいます。
 良かれと思ったことが思わぬ方向に行かないためにも、如何なる状況であれ、ご了解を取ってから事に当る必要があることを改めて思い知らされました。
 当方としても大いに反省の材料とさせられました。
 
 


2008年12月18日(Thu)▲ページの先頭へ
高齢化社会における葬儀の将来像
 以前このブログ(9月18日)で、火葬船構想を取り上げたことがあります。そのときは触れませんでしたが、このアイデアを出したのは、日本テンプルヴァンという寺院経営コンサルをしているところだそうです。

 日本の葬儀・埋葬の将来像をまとめた際に、船も火葬場にできると考えたといいます。火葬船もさることながら、まとめられた将来像も興味深いものです。
 以下、年代順に少し紹介していきます。

2013年ごろ 葬儀での戒名(法号)不要論者が増え、俗名による葬儀が全体の20%を超える。
15年 岸壁に接岸した葬儀会館と火葬場の兼用船が登場
16年 無宗教葬儀が増え、仏式葬儀が60%に減少
20年 生前に自分で葬儀の手配を済ませてしまう人が全体の30%を占めるようになる。
25年 納骨堂利用者が30%に。墓地は40%に
26年 宗教法人のM&Aが始まり、宗教法人数が減少
40年 国内の年間死亡者数が166万人とピークを迎える(葬儀産業が倍になる根拠)

 火葬船が実現、定着するかは現時点ではわかりませんが、葬送から宗教色が弱まっていく趨勢なのは間違いないように感じられます。


2008年12月15日(Mon)▲ページの先頭へ
1日葬と菩提寺の関係は如何に・・・。
 都会を中心に最近は、各家庭の事情に合わせたやり方のご葬儀が、多く見られるようになりました。
 と言っても、特殊なやり方があるのではなく、会葬者の人数や、式場を使う、使わないの違いで様々なネーミングが施され、一方でそのネーミングが一人歩きして、特別なことのように思われる節もあるようです。
 例えば、費用の面、親族の方々への負担等を考慮して、通夜、葬儀、告別式の順序を踏まえないで、葬儀・告別式1日だけのご葬儀を希望される方も増えつつあります。
 この1日葬のことは別名、ワンディセレモニーとも呼ばれ、忙しい都会生活者に合ったご葬儀として評判をよんでいるようです。
 2日間に渡るご葬儀は時として遠方からのご親族にとり、とんぼ返りの往復を余儀なくされる場合もあり、特にご高齢の方々には負担も大きくなります。
 1日葬、これは都会人にとって自然な現象かなと思っていると、思わぬところからの待ったが掛かる場合があるようです。
 
 仏式でのご葬儀は、通夜・告別式共にご住職に読経をお願いしますが、菩提寺がない場合やあっても遠方で当日来られない時は、葬儀社の方でご住職の手配をいたします。
 1日葬でも同様です。
 しかし、葬儀社が手配したご住職の場合は問題ありませんが、菩提寺のご住職にお願いする場合に、ご住職の方からクレームがつくことがある、との情報を葬儀社の担当者から受けました。
 当センターではクレームとしてまだ伺っておりませんので、センターの賛同社数社に聞いたところ、ご住職にそれほど気を使うことはないというと社と、時としてクレームがつくことはあるという社それぞれでした。
 
 ご住職側からすると、通夜と葬儀では読経が違いますし、意味合いも違いますとのことです。

 いずれにいたしましても、1日葬をご希望の方は前もって菩提寺にご相談されることを希望します。
 但し、菩提寺からの戒名つきお布施代は1日でも二日間でも変わりませんので、念のため・・・。 
 
 


2008年12月12日(Fri)▲ページの先頭へ
密葬の場合は香典をいつお渡しすべきか?
 先日、「会社の同僚宅のご葬儀が密葬とのことで職場の仲間の香典を集めて持っていますが、いつ伺えばよろしいですか」とのお電話がありました。
 密葬、家族葬の場合は通常ご家族、ご親族、あるいはごく親しい友人のみで執り行われ、ご葬儀が終った後に、知人や関係者にご連絡されますが、会社関係の場合は少々複雑なようです。
 お電話頂いた方の場合でも、喪主に当られる同僚の方は、会社を数日休むために理由を公表せざるをえません。
 部署によっては取引関係者まで知る羽目になってしまいます。
 今回も通夜から告別式の日取りが掲示板に発表されたようです。
 但し、斎場は分らないとのことでした。
 式場をお知らせしないということはあくまで内々で済ませたいという意向だと思います。
 無理やり聞き出して伺っても先方は戸惑うばかりです。
 
 家族葬、密葬さらには直葬とお身内だけのご葬儀が増えている現在、一般会葬者の方々はいつお悔やみを述べるか、タイミングが難しい状況もあるようです。
 
 立会いで伺った家族葬の中には、会社の同僚の香典をまとめてご葬儀前にお見えになり、受付にお渡しして、そのままお線香をあげずにお帰りになられた方もいらっしゃいました。
 また、ご喪家側もご家族のみで通夜をして、通夜が終るまでに会葬者がいらっしゃった場合は別室で待たせてほしいとまでに徹底される方もいらっしゃいました。
 
 一般会葬者の場合ご遺骨がご自宅に戻っていますので、ご葬儀を済ませた翌日か、喪主が会社に戻る前あたりに、「仏様にお線香をあげに伺いたいのですが、如何でしょうか」とお尋ねされるのも一案かと思います。
 それに対してはご喪家側からもどのようにしたいか、ご返事頂けるのではないでしょうか。
 


2008年12月09日(Tue)▲ページの先頭へ
10月18日に掲載した「産経新聞」の記事
あさがお葬儀社紹介センターのブログをご閲覧頂き、ありがとうございます。

10月18日付のブログ記事でご紹介しました、産経新聞に掲載された記事を当ホームページ上で公開しております。
産経新聞ゆうゆうライフ内ライフプラン特集記事

記事はこちらになります。

ぜひ一度、ご覧下さい。

あさがお葬儀社紹介センターのホームページはこちらです。


スタッフ紹介
 一つ一つのブログ記事の最後に、投稿時刻と署名があります。Posted at 13:41 by (松)というような感じになっています。現在、(松)(本)(道)の3人によって書かれています。

(松) あさがおアドバイザー(葬儀相談員)・松山悦子
 センターが設立間もない頃より、葬儀相談員として参加しております。
 人生の急を要する電話に、何とかしてあげなければと気持ちばかりが空回りした当初の応対から、最近は大分ゆとりが出て参りました。
 ご依頼者からの相談業務以外にも、各賛同社を回り葬儀に対する熱意の程を伺ったり、実際にその熱意がどの様に活かされているか、現場での担当者の施行に立ち会っております。
 短期間にご喪家のご要望をキャッチし、いか程の信頼を得ているか、立会い現場で傍から拝見しているとよく分かります。一連の式の良し悪しも担当者の気配り、臨機応変の対応、仕事への取り組み方で大きく左右されます。
 お蔭様でご依頼者からは「色々相談に乗っていただき大変感謝し、葬儀社の仕事ぶりにも満足しています」などとお褒めの言葉をいただいております。緊張の中でホッと安心したような表情をお見せになると、こちらもつくづくご紹介して良かったと思います。
 時には、その場で「是非、ご寄付をしたいのですが」と申し出る方もいらっしゃいまして、思わず「後日センターの方へご連絡いただければ」と申し上げるハプニングもありました。
 それぞれの最期をどの様な形でお送りできるのか、どの様にしたら少しでもご遺族の方々のお力になれるかを、日々検討課題として取り組んでおります。ぜひ、ご相談下さい。


(本) あさがおアドバイザー(葬儀相談員)・松本明子
 いざ葬儀のことを考えなくてはならない状況になったとき、何をどう聞いたらいいのか、何をしたらいいのかがわからず、漠然と不安を抱えてしまう人は多いのではないでしょうか。
 人によって環境や考え方は様々で、抱える不安の内容もそれぞれ違いますが、少しでもその不安を取り除けることができればと考えています。
 大切な人を送らなければならない人と、故人様や残されたご遺族のために一生懸命になってくれる葬儀社さんとがよりよい形で繋がるようにサポートさせていただきます。


(道) あさがお葬儀社紹介センター代表者・有賀知道
 「世間の相場はどれくらいなのでしょうか?」。冷静な状況にはない依頼者が、つい、葬儀社の担当者に聞いてしまいそうな質問です。葬儀業界のからくりを描いた『葬式の値段にはウラがある』(黒木昭雄著/草思社)の中に書いてありますが、これは依頼者がもっとも聞いてはいけない質問だと指摘しています。
 なぜなら、「私は何も知りません」と告白しているようなものだからです。これを聞いた、葬儀費用のつり上げようとする業者なら「葬儀代金に上限はない。すべて、業者と遺族の駆け引きできまる」と笑いが止まらなくなってしまうのです。
 われわれに対しては、質問のタブーは何もありません。「こんなこと聞いたら恥ずかしいかな?」「こんなこと聞いたら無知をさらけ出してしまう」「こんなこと聞いたら・・・」、何の心配もいりません。何でもお聞きください。


2008年12月06日(Sat)▲ページの先頭へ
マスコミ報道よりも直に話を聞くことで実感する「自身の最期」
 先日、マンション管理組合の役員の方からお電話をいただきました。
 「葬儀に関する一般的なことから、注意点、金額に関すること、葬儀後のことなどについて講演し、質疑応答してもらえないか」というご相談でした。
 
 マンションの住民の方々も高齢化が進む中、最近では新聞、テレビ、ラジオ等でご葬儀に関する情報が頻繁に報道され、関心が高まってきていますが、それでは実際にことを運ぼうとした時、どこからどうやって手を付けてよいのか迷っている方が多いのが現状のようです。
 ご自分の最期をどのようにしたいかを、ご自分の生き方、生活環境に合わせて、ご自分で決める。その手助けになる話も聞かせてほしい。
 そんな声も聞こえてきます。
 中高年の集まる場所では、こんな講演会が今後益々増えてきそうな気配です。
 考えを実行に移すように背中を押してもらうのには、マスコミ報道よりも、生の声を聞くのが一番のようです。


2008年12月03日(Wed)▲ページの先頭へ
「故人を語る会」で白い石を握り締めた人は、心の内を話さずにはいられない。
 今年5月、1人の舞踊家が急逝されました。
 昨年10月の公演が最後の舞台になってしまいましたが、2時間近くの独舞というハードな公演にもかかわらず、周りの人にも病気とは感じさせなかったようです。
  
 ご葬儀は本人の意向から家族・親族のみで行なわれ、夏には度々公演に使っていた小劇場で舞踊仲間の偲ぶ会が催され、半年後の11月末には「舞踊家を語る会」が関係者の間で執り行われました。
 会場は故人も度々使用された、呼びかけ人の稽古場でした。
 最後の作品のビデオが流れ、壁という壁は舞台写真や各国の舞台を共にした仲間からのメッセージで埋め尽くされていました。
 車座に並べられた座布団の中央には白い石が大小2個ほど置かれています。
 
 お会いする度に所望されていた、70年代に創った2冊の本を、奥様に手渡すことができ、長年の胸のつかえが下りた思いで、開式を待ちました。

 今日は大いに語りましょうという呼びかけ人の挨拶を皮切りに、奥様のご挨拶が続きます。
 最後の舞台を終えた直後の異変から余命3ヶ月の末期がんと宣告され、それでも闘病生活の中、次回作はと筆を執りノートに向っていらしたこと。
 
 呼びかけ人のお話が続きます。
 話す人は白い石を持って語り、次の人にバトンタッチします。
 石は次の人への魂の橋渡しの意味合いが込められています。
 ビデオを見ながら作品の思い出、アジア各地の方々とのコラボレイションetc.

 パーティー形式の食事会の後は出席者全員の語らいに移りました。
 石を握り締め絶句される方、笑いながら泣き出す方、故人との関わりが深くそれぞれのエピソードを語りながら話はつきません。
 色々な角度からのお話を伺っていると、今更ながらに彼の作品の意図が頷けます。
 
 白いお骨を彷彿させる石を持った人は一様に、心の内を話さずにはいられないようでした。
 
 
 


東京都での葬儀
 あさがお葬儀社紹介センターでは、ご依頼者のご要望の地域や斎場に精通し、葬儀実績のある賛同社が複数ある地域しか葬儀サポート地域にしていません。これにより、地域事情をよく把握していない遠くの葬儀社を紹介することを防ぐと同時に、葬儀社間の健全な競争による葬儀費用の低下とサービスの質の向上が行われます。つまり、責任を持って紹介できる地域を明確に示し、それ以外の地域では葬儀社紹介はしておりません。
 下記が東京都におけるサポート地域および斎場詳細です。リンクをクリックしますと、当センターの本体のホームページの該当ページに飛ぶことができます。

●23区地区
足立区 荒川区 板橋区 江戸川区 大田区 葛飾区 北区 江東区 品川区 渋谷区 新宿区 杉並区 墨田区 世田谷区 台東区 中央区 千代田区 豊島区 中野区 練馬区 文京区 港区 目黒区

●西地区
昭島市 あきる野市 国立市 小金井市 国分寺市 小平市 立川市 多摩市 調布市 西東京市 八王子市 東大和市 日野市 府中市 町田市 三鷹市 武蔵野市

代表的斎場実例 東京23区 足立区性翁寺木余堂会館 荒川区町屋斎場 板橋区舟渡斎場 戸田葬祭場 蓮根レインボーホール 大田区臨海斎場 葛飾区四ツ木斎場 北区北区セレモニーホール 江東区玉泉院玉法会館 サポートセンター江東 ディアホール 品川区なぎさ会館 桐ヶ谷斎場 観音寺会館 霊源寺 本覚寺大光普照殿 渋谷区代々幡斎場 新宿区落合斎場 笹寺会館 淀橋教会 瀧田会館 杉並区堀ノ内斎場 長明寺会館 永福寺会館 観音寺・長龍寺 中道寺会堂 世田谷区みどり会館 台東区 徳雲会館 寛永寺輪王殿 中央区中央区立セレモニーホール 築地本願寺第二伝道会館 豊島区沙羅ホール 中野区天徳院会館 新井白石記念ホール 練馬区寶亀閣斎場 東高野会館 大泉橋戸会館 愛染院会館 文京区護国寺桂昌殿 傳通院 江戸川区萬福寺会館 港区金蔵寺会館 やすらぎ会館 目黒区セレモニー目黒 実相会館 羅漢会館 大圓寺 23区以外 あきる野市たちばな会館 小金井市幡髄院 国分寺市東福寺・むさしの斎場 きわだ斎場 立川市立川市斎場 真泉院 調布市金龍寺大雲閣 西東京市総持寺大日堂 徳雲寺分院 金剛寺 八王子市八王子市営斎場 楢原斎場 日野市桃源院礼拝堂 宝泉寺会館 安養院会館 府中市府中の森市民聖苑 正覺寺 多磨葬祭場・日華斎場 町田市南多摩斎場 さくらんぼホール 浄運寺会館 高蔵寺光明会館 岩子会館 みなみ会館 アシスト多摩境 三鷹市禅林寺霊泉斎場 法専寺 武蔵野市延命寺斎場 源正寺太子堂


2008年11月27日(Thu)▲ページの先頭へ
ベストセラー「大往生」から14年後の現実は・・・。
 永六輔著「大往生」という本が14年程前にベストセラーになりました。
 これからの高齢化社会に対処すべきことを、マスコミが取り上げた最初のブームのころでした。
 一般の人が発した言葉を軸に書かれている本は病の章で「癌」の告知について、告知できる技術を持った医者が告知されても受け入れられる能力を持った患者とめぐり合った時だけに限られるべきだ。医者たるもの、心優しく現実に立ち向かう学習をしてほしいと書かれていました。
 告知はそれ以前から言われていましたが、患者の心の準備など無視した医者サイドの一方的な報告が多かったようです。

 それでは最近ではどのような変化が起こっているのだろうか。
 その変化の兆しとして慶応大学医学部にはお坊さんによる授業があると、朝日新聞が報じていました。
 授業は宗教を語るのではなく、、実際の現場での患者への接し方をロールプレーイング(役割演技)で学生にやらせ、答えのない難しさのなかに仏教の教えを伝えていくとのこと。
 学生達も将来の医師の役割を考える材料になるのでは。
 10年経って、ようやく兆しが見えてきたようです。




 
 


2008年11月24日(Mon)▲ページの先頭へ
 担当者は 「一期一会」の気持ちがなにより大事
 「一期一会」とはご葬儀のための言葉ではないかと思われるほど、ぴたりと当てはまるようです。
 ご葬儀の立会いに伺うようになって3年余り。
 斎場に一歩入るといつもまずこの言葉を思い浮かべ、おもわず襟を正すようになりました。
 葬儀担当者を始めそれぞれの部署の担当者が、どれだけ一期一会の精神を汲みとり臨むかで、ご葬儀の良し悪しが決定するのではとまで思われます。
 「生涯のうちで今日という日は2度となく、今日のめぐり合わせはあくまで今日だけのことである」と言う意味合いから、後がないご葬儀に一つひとつどれだけぶつかっていけるかが鍵になるようです。
 ご喪家のご要望をキャッチし、どうすれば最良の方向に持っていけるか問題が山積するほどさらにファイトが沸く担当者も多いようです。
 
 通夜の席で供花が傾くアクシデント見合わせられ、ご喪家の肝を冷やしたが、誠心誠意事にあたり、逆に信頼を得た担当者。

 通夜のお清めの席上でご住職(元校長先生)に葬儀の采配ぶりを褒められた担当者。

 ご家族・ご親族30名のみの通夜に10倍近い会葬者がお見えになり、ご喪家に恥をかかせないように、読経の後、急遽柩を前に出し、ゆっくりとご対面をしていただき、
お清めを遅らせ、追加の料理で間に合わせた担当者。

 数え上げたら、枚挙にいとまがない位です。
 今「一期一会」の言葉を改めてかみ締めています。
 
 
 
 
 


2008年11月21日(Fri)▲ページの先頭へ
「自然に生きて、自然に死すこれが80歳の心境です」と語る舞踊家
 「昭和の初め、お寺は町のサロンだった」と九州出身の大先輩の友人はよく話していました。
 当時のお寺は子供達を集めて色々な催しや踊りの会が頻繁に行なわれ、町内の社交場の拠点でもあり、自然な形で町に溶け込んでいたようです。
 ご住職はお寺を守るだけでなく、子供達に踊りを教える舞踊家でもあったのです。
 お父様の教えを守ってきた娘さんもすでに80歳になろうとしています。
 その80年の人生を振り返った近況報告におもわず拍手。
 娘さんは親への反発も手伝い、お寺に生まれながらにしてお気持ちは無宗教で、懐かしさもあり線香の匂いに心が落ち着くが、葬式無用の信念は変わらず、形式的儀式は不要で、大切な方々との惜別の情は深く心に残っているが、自分の胸中に故人が生きていることが最高の供養ではないかと報告されていらっしゃいました。
 宗教的信仰ではなく「土から生まれて、土に還る」と言う言葉があるように、死とはいのちが生まれた根元の場へ還って行くことだとすれば「逝く」のではなく「還る」ことで、大いなる母胎回帰だとのことです。
 また、ダンスは自然体でなければ、身体に不要な力が入っていると踊れない。力を抜いて自然体になった時、本当の動きがでてきますと。
 身体も心も自然体であれ。自然に生きて、自然に死す。これが80歳の心境だとのことです。
 私の今後の課題でもあります。
 
 
 



 


2008年11月18日(Tue)▲ページの先頭へ
伝説的コピーライターが書いた名著
 ここ2週間ほど時間のある時に、「ザ・コピーライティング」(ジョン・ケープルズ著、ダイヤモンド社、3200円)という本を読んでいました。
 書名からして広告関係の人が多く読まれるのでしょうが、広告関係の人だけに読ませておくのはもったいないような本です。

 インターネットが普及し、誰でもほとんど無料で情報発信できる環境にある現在、不特定多数の人に向けて言葉を発する機会のある人には、参考になる事例が山のように詰まっている本です。言葉の持つ力を改めて知ることができます。

 現在オグルヴィ&メイザーとして知られる国際的大手広告会社をつくった、デイヴィッド・オグルヴィをして、「この本は間違いなく、いままでで一番役に立つ広告の本である」と言わしめました。

 ケープルズは、「私がピアノの前に座るとみんなが笑いました。でも弾き始めると――!」の名コピーを考え出した人です。今から80年ほど前、音楽学校の通信講座のコピーとしてです。

 ただ、名コピーを生み出す能力もさることながら、ケープルズの本当のすごさは、オグルヴィの次の言葉がよく表しています。
 オグルヴィは、「成功(最大限の費用対効果)へのカギは、広告のあらゆる要素を絶えずテストすることにある。」を、ケープルズから学んだこととして一番先に挙げています。

 要するに、例えばどのコピーがいいのかは実際にマーケットにきいてみて、その結果だけを重んじるという一貫した姿勢です。テストを繰り返して効果を検証するという手法です。(もちろんマーケットにきくべき材料は用意しないといけませんが)

 どの業界でもそうでしょうが、競争の激しさや不況のせいなどと言い訳をしてみたところで、事業が継続・成長できないのは、マーケットに支持されないという厳然とした事実と重なって思えました。


2008年11月16日(Sun)▲ページの先頭へ
お布施代について考える・・・。
 先日依頼者から「斎場として以前親戚のものが葬儀をしたお寺ではどうか」との相談を受け、先方に問い合わせてみたところ、檀家になっていただいて院号の戒名の方のみ本堂でご葬儀を執り行いますとのお話でした。
 ついでに恐る恐る戒名のお値段をお伺いすると「こちらでは200万円以上」とのことでした。

 以前、都下の寺院で檀家の方が本堂でご葬儀をされた時もこれ以上の金額だったことを葬儀社の担当者から伺ったことがありました。
 同行した担当者は中座させられ、ご喪家の依頼者とご住職とが直にお話をされたようです。
 檀家で院号を付けると200万〜300万円が相場となる・・・?。
 これに葬儀費用が加わると、上は天井知らずになることもあり、庶民は考え込んでしまいます。

 もっとも、最近お電話を頂いた方の中には仕事柄、院殿がついて2000万円というお布施のご葬儀を見て、ご自分の時は葬儀なしの直葬でお願いしますと生前予約をされた方もいらっしゃいます。
 ことの程左様にお布施は傍から見ると難しい。

 菩提寺をお持ちの方からのお問い合わせも度々ですが、これは一概に言えない場合があり、ご親戚や同じ壇信徒の方にお尋ねされるのがよろしいかと思います。
 一方、葬儀社にご紹介を依頼される場合は地域により、宗派により多少の違いはありますが、大方相場料金みたいなものができているようです。
 さらに最近はこの相場料金に意義を唱え、お寺と葬儀社の関係を追及する団体まででてきています。
 高齢化社会になり、益々ご葬儀が身近な問題になってくる中で、お布施の問題にも外側からの声が届くでしょうか。

 新聞の投書欄に過疎地のご住職からの一文がありました。「そんな高額なお布施は過疎地では求めもしませんし、出していただく余裕もない。人々の心のよりどころとして安らぎの求めにこたえる。それが僧侶の仕事と考え、檀家と苦労を共にし、できるだけのことをしたい・・・」と。 


 


2008年11月12日(Wed)▲ページの先頭へ
お別れするだけで何もしない1時間は貴重なひとときです
 無宗教葬は時間が余ってしまうとか、手持ち無沙汰になってしまうことが多いとよくいわれますが、本当にそうでしょうか。
 少なくとも最後のお別れです。なによりも気持ちが大切です。義理で参列したり、直接の接点もない方の葬儀に伺ったりしなければ、故人との思い出に浸る時間も必要です。
 
 先日伺った無宗教葬では、会葬者が自由に時間を過ごしながらも、めいめいが故人ときっちり向かい合ってお別れしているような空気が強く感じられました。
 葬儀社の担当者が喪主と打ち合わせに入るとまず第1に言われたことは「何もしないでほしい。」とのことでした。
 無宗教ですから、献花する時間だけとってもらえればそれだけでよいと。
 
 オペラのアリアが流れる中、お集まりいただいた方は三々五々おしゃべりに興じているようにも感じられました。喪主が時々話の輪に入ってリラックスした雰囲気のままに30分が経過しました。30分後、お1人ずつの献花が終わり、最後のお別れの儀ではゆっくりと故人に話しかけながらのご対面となりました。
 なにもしないでひたすら故人との対話の時間を作ってあげるだけ。こんなひとときがあってもよいのではと思わされました。
 
 葬儀といえば1時間の中身の殆どを儀式で占められ、出席された方もひたすらそれに従っているように見受けられるのに慣れてしまった目には新鮮です。
 大好きな胡蝶蘭に囲まれた写真の主は1時間皆さんとのおしゃべりを堪能され、満足そうな表情で出棺されました。 


2008年11月09日(Sun)▲ページの先頭へ
西伊豆「黄金崎」
あさがお葬儀社紹介センターのブログをご閲覧いただきまして、ありがとうございます。

先日、西伊豆に住む友人からお誘いをいただき、周遊してきました。
この日は天候に恵まれまして、日中は半袖でも過ごせ、普段デスクワークばかりの自分にはとても良い気分転換になりました。

いろいろと観光名所といわれる場所を紹介してくれて、その中でも
「黄金崎」の景色には圧倒されました。
火山流が海になだれ込んでできたものらしく、陽射しがあたると岩肌が黄褐色に輝きます。舗装された林道もあり、散歩しながら写真を数枚撮りました。

伊豆の観光というと東伊豆を浮かべますが、西伊豆もいろいろとあるのだなと。
仕事は大事だけど、たまには生き抜きも大切だよと、誘ってくれた友人に感謝した一日でした。


2008年11月06日(Thu)▲ページの先頭へ
赤い霊柩車やお花いっぱいの霊柩車、いろいろあっていいのでは・・・。
 昨今では宮型霊柩車乗り入れ禁止の火葬場が増えています。
 いろいろな理由がある中で、一目瞭然ご葬儀の車と分ってしまうことに拒否反応を示す方が多いようです。
 「そう言えば都会では最近見かけないなー」としばし、考え込んでしまいました。
 
 そんな折、ある搬送会社の社長さんにお目にかかり、ユニークなお話を伺いました。
 今の仕事の前は改造車を創っていらしたとのことです。
 依頼者のご要望に合わせて霊柩車を改造するのが得意とのこと。
 中でもユニークなのは赤い霊柩車。だれがそんな車に乗るのかって・・・。
 天寿を全うされた方のご遺族から、お祝いの気持ちを込めたもので送りたいとの話から、ヒントにされたようです。
 
 逆に、小さなお子さんを亡くされたお母様が柩に寄り添って行かれたのを見て、少しでも心残りがないように、白いかわいらしい霊柩車を創られたとのことです。
 霊柩車の中はお花で埋め尽くされたり、またあるときはディズニーの縫いぐるみ人形
が占領したりと、お子様の最後の夢をくんであげようとその一生懸命さが伝わってくるようです。
 
 柩が霊柩車に収まり、皆様全員が注目の中、ドアが静かに下ろされました。
 そこには鮮やかな文字で奥様へのお礼の言葉が記されていました。
 生前、奥様に面と向って感謝の言葉一つ言ってあげられなかったご主人からの最初で最後のメッセージです。

 お話を伺った後、早速社長さんは霊柩車の運転手さんに早変わりです。
 運転をしながら、ご遺族の悩み、ご希望を聞き、それが次のアイディアになるとのことです。
 なにごとも「できる」と「断らない」がモットーだそうです。


2008年11月03日(Mon)▲ページの先頭へ
インド・ガンジス川の写真集を見て、ふと最近のご葬儀を考える・・・。
 儀式としての葬儀、告別式が予定通り無事滞りなく終了しました。
 柩に祭壇のお花を手向け、親族の方々の手を添えて蓋を静かにそっと閉じると柩の小窓が開けられます。
 喪主、ご家族の方々の最後のお別れです。
 凝視した視線のかすかな動きを見て取り、担当者は「よろしいですか」と声を掛けます。
 喪主のうなずきを合図に小窓が閉じられ、お別れとなります。
 時間にしてほんの数秒間が永遠の空白の様に感じられ、時は息詰まる瞬間を刻みます。
 
 今、1冊の写真集を手元に眺めながら書いています。
 「バラモンとジャンタ」1971年に出した友人の写真集です。タイトルからも推測されるように60年代後半肌で感じたインドを撮り捲った作品の数々です。
 ガンジス川で顔と手だけ出して合掌している姿、朝の光の中で沐浴する若者達、洗濯をしている少女達、炎に包まれた死体、その隣で死んだ赤ちゃんが重しを付けられ今まさに川に放り投げこまれようとする瞬間のショット、全てが混然一体となって一つの世界を創っているようです。これらはガンジス川の朝の一こまです。
 友人は戸惑いながらも何か大きな力を感じ「何処でどのような葬式をしようが、死者を神のもとへ返す。これが貴重な行為ではないか」と記しています。

 最近のご葬儀は家庭から式場に移ることで、より儀式的になり、デリケートになり、時間に管理されてきて、存在感が希薄になってきたように思われます。
 あらゆるものを包み込むインドの写真集を見るたびに、もっと根源的なおおらかさが生かされる葬儀もあってもいいのではと考えさせられます。


神式での葬儀
 最近、神式のご葬儀の事前相談で祭壇には大好きなお花を飾って欲しいというご要望がありました。
 ご希望の斎場には常設の仏式、神式、キリスト教式等の祭壇がご用意され、こちらを使うことが義務付けられています。
 シンプルな神式祭壇では花を飾ることに抵抗があるように見受けられましたが、最近では宗派によっては、あまりうるさく言われないようになってきたとのことです。
 柩周りや遺影の額周りを中心に祭壇はそのまま活かしてお花が飾られることになりました。

 神式の葬儀は神葬祭と呼ばれ、以前より大分簡略化されてきました。
通夜・通夜ぶるまいに当たる通夜祭、直会(なおらい)に始まり、葬儀・告別式に当る葬場祭、火葬後、ご遺骨を祭壇に飾り執り行われ帰家祭、精進落としに代わる会食と流れは仏式と似た形で進行します。
 会葬者はご焼香の代わりに玉串奉奠を行います。

 しかし、式次第での斎主(ご葬儀を司る神官)さんはむしろキリスト教の牧師さんと似た立場で、主導的役割を持って主体的に参加されますので、斎主さんとの打ち合わせは密にしておく必要があります。
 この場合、仏式と違い葬儀社の担当者はむしろ黒子に徹する形になりますので、神式のご葬儀に精通している葬儀社を選ぶことが大切になってきます。
 また、神式では死を穢れと捉えるためにご葬儀を神社では行なわず、仏式同様ご自宅又は斎場にて執り行います。
 
 ●神式の葬儀
  ↑↑↑ 当センターのホームページでは 神式のご葬儀に関しての注意点、問題点を挙げて、説明しています。
 神式でご葬儀されたが先祖代々のお墓に入りたい等の難問の解決法は・・・。


2008年10月30日(Thu)▲ページの先頭へ
「自分の生き方として直葬を選びます」
 「火葬のみをすごく安い値段で引き受けているところがあって、挙げ句社員があちこち走りまわりヘトヘトになっても収益に繋がらなくて大変みたいですよ」
 ある葬儀社の担当者から聞いた話です。
 勿論ボランティアではありませんから、他からの利益はあると思いますが、これではうっかりすると荷物運びと同じになってしまわないか、サービスは二の次になってしまわないか心配です。
 
 2〜3年前から都会を中心に家族・親族のみでお見送りする家族葬が盛んに言われ、最近ではご葬儀なしで火葬場に直行する直葬という言葉が新聞雑誌等にも盛んに見受けられます。
 これに対して眉をひそめる向きもいらっしゃいますが、安値の話は論外にしても、これも一つの生き方という捉え方はできないでしょうか。
 金銭的なことばかりではなく、ご自分の最後をどうするかの選択肢の一つとして該当者自身が希望される場合も増えてきているようです。
 少し前ですと、ご自分の葬儀を前もって考えること自体が縁起でもないと周囲から片付けられてしまいましたが、今や、人生最後の締めくくりは自分の意思のもとにとはっきり打ち出せる環境も整ってきているようです。
 
 先日もそんな方からお電話を頂きました。
 「夫婦とも今は元気ですが、80歳になりますので、最後をどうするか話していたところ新聞に直葬のことが書かれていて、これだと思いました。仕事で1千万円以上もする戒名の葬儀に出たこともありますが、私達の場合は最後お花を入れて見送ってもらえればそれで結構です。無宗教ですし、霊園にお墓もありますので・・・」
 依頼者の火葬場は前もって予約しておけば、火葬炉前でお花を手向けたり、最後のお別れに10〜15分間いただけます。
 見積りを手にされた依頼者から早速お礼のお電話をいただきました。
 「どちらかが万が一の時は、息子達に見せてお願いすることにします。有難うございました」。
 張りのある弾んだ声に「いつまでもお元気で・・・」思わずこちらも負けずに声を張り上げていました。


2008年10月29日(Wed)▲ページの先頭へ
ご依頼者様の声
あさがお葬儀社紹介センターのブログをご閲覧いただき、ありがとうございます。

当センターでは、ご依頼者に対し葬儀施行後アンケートにご協力いただいております。その中でも掲載許可をいただいた、ご相談者様の声を公開させていただいております。

http://www.asagao.or.jp/support/koe.html

「ご依頼者様の声」はこちらです。

毎月1日前後に更新をしております。
ぜひご覧下さい。


2008年10月24日(Fri)▲ページの先頭へ
シェイクスピアの時代から花は時として人の心を代弁します・・・。
花祭壇のお花は「生前故人が大好きだったカスミ草を中心に」、「忘れな草を遺影の周りに・・・」「通夜が丁度母の日になりますので赤が好きな母のために赤いカーネーションで飾ってください」。
 ご葬儀全体ではまだ少数ですが、豪華さを競うよりも故人の好みのお花を希望される方が増えてきたようです。
 そして、それはその方らしさが伝わり、時としてお花だけでその方の生き方までも垣間見せてくれます。
 
 以前、無宗教葬の方で式場は柩の周りの白い薔薇だけにしてくださいとのご注文がありました。
 献花も白い薔薇で、柩の傍らの奥様だけが真紅の薔薇を手にされていました。
 友人の方々の弔辞が次々と披露され、最後のお別れ花は柩の周りの薔薇を切り、お一人お1人に手渡され、白い薔薇に埋め尽くされたところに最後奥様の薔薇が手向けられました。
 その鮮やかなコントラストが今でも目に浮かびます。
 写真は御法度、一切を残さないというご喪家のご希望でしたが、それだけに会場にいらっしゃった方々の胸に深く印象付けられたご葬儀だったと思われます。
 
 先日鑑賞したジョン・エヴァレット・ミレイの絵画「オフィーリア」では花の持つ力を改めて実感させられました。 
 小川に沈んでいくオフィーリアの周りに描かれた花には花言葉で重要な意味が込められています。
 「オフィーリア」の原作者シェイクスピアの戯曲や詩には約140種類もの植物が登場し、全てに意味を持たせているとも言われています。
 「オフィーリア」の絵の中には柳、野薔薇、薔薇、ケシ、忘れな草、パンジー、ひな菊、スミレ、きんぽうげ、ミソハギ等それぞれの意味合いを持った花が「オフィーリア」の心の叫びとなって画面全体に溢れ出ているようです。
 花は無言でも、心の代弁者と成り得るようです。

 
 
 
 


2008年10月21日(Tue)▲ページの先頭へ
死に際の「オフィーリア」を観る不思議・・・・。
 黒山の人の列は先ほどから止まったままで皆さん1点を凝視しています。
 その視線の先には今まさに川面から沈んで行こうとしている少女がいます。
 でも助けようとしている人は誰もいません。
 助けるどころか皆さん腕を組み息を殺して見入っています。
 少女の名は「オフィーリア」。そうです、かの有名なイギリスの劇作家シェイクスピアのハムレットに出てくる悲劇のヒロインです。
 オフィーリアの命が亡くなる寸前を描いたのはイギリスを代表する画家、ジョン・エヴァレット・ミレイ。その回顧展が渋谷にありますBUNKAMURA・ザ・ミュージアムで開催中でしたので覗いてみました。
 最初にこの少女に出会ったのは20年ほど前の友人のスクラップ帳の中でした。
 スクラップされていた朝日新聞の絵画紹介記事の中でも鮮やかと緻密な描写力が群を抜いて観ていると画面に吸い込まれそうな錯覚をおこさせるほどでした。

 写真以上にリアルに描かれたうつろな表情の少女と両岸の植物の鮮やかさが異様なコントラストを見せ臨場感漂わせ、物語をさらに能弁に語らせているようでした。
 花環を小川の柳の垂れ下がった枝に掛けようとした時、枝が折れ花環もろとも川の中へ。すでに狂気の世界に心奪われていた少女にとってこの瞬間に何を思ったのだろうか。
 王妃ガートルードが語る死の場面
 「裳裾が広く広がって丁度人魚のようになって、しばらくは水面に浮かせておりました。やがて衣裳は水を含んで重くなり、楽しく歌うあのかわいそうなお人を川底の死の泥の中へ引きずり込んでしまいました」。(大山俊一訳)
 
 少女はすでに小川という柩の中に収まっているようにも感じられ、小川に浮かんでいるお花は、柩の中に手向けられた最後のお花のようにも見られます。
 黒山の人垣の後ろから、おもわずそっと手を合わせていました。
 

 


2008年10月18日(Sat)▲ページの先頭へ
産経新聞で掲載されました。
産経新聞に、ゆうゆうライフという企画面にライフプランという特集記事のコーナーがありますが、「今から考える葬儀のこと」(上)(中)(下)と題して、9月22日〜24日朝刊で3日間にわたり特集記事が組まれています。

(上)では、盛大な葬儀が影をひそめ、家族やごく親しい人だけで送る家族葬や、儀式なしに火葬のみで済ませる直葬など、この10年余りで様変わりしてきた葬儀の傾向とその要因が取り上げられています。

(中)では、葬儀は高額なサービスにもかかわらず、葬儀費用についての情報が乏しいという状況を踏まえて、それがもとでのトラブルや葬儀費用について取り上げられています。

(下)では、後悔のない葬儀にするための、事前の情報収集と準備について取り上げられています。

読んでみて、ひとつにまとまった新聞記事としては、地に足がついた感じを受けました。

といいますのも、マスコミでよく取り上げられるのは、目新しさを求めるあまり、宇宙葬であるとか、特殊なイベント化した葬儀や、散骨や、遺骨からダイヤモンドをつくる等々・・・であったりするからです。

たしかに興味深いニュースではあるでしょうが、実際にそうした変わった方法というのは全体からの割合からすれば圧倒的少数派です。

としますと、葬儀についてもっと伝えられてしかるべきは、この特集記事のような、多くの人が関心を持つことのほうではないのかという気がしました。

ちなみに、当センターも9月23日付の(中)で取り上げられました。(以下はネットに転載されているものです)

今から考える葬儀のこと(中)



   


2008年10月15日(Wed)▲ページの先頭へ
葬儀担当者の秘訣は親戚のおばさんの目線になれるかどうかで決まる・・・。
 「先日のご葬儀では奥様と奥様のお母様から、亡くなられたご主人のご実家のことを随分聞かされました。お子さんがいらっしゃらないから、今日が最後だなんておっしゃってました。」
 ちょっと物騒な話をしているのはこの道数十年のベテラン葬儀担当者です。
 皆さん担当者に会うと一様に、ご葬儀の合間でも親戚のおばさんに長年の思いをぶちまけているような気持ちになり、聞いてもらえる人にやっと出会えたとばかりに、話し込まれていくようです。
 さりとて担当者はご家庭の事情を根掘り葉掘りうかがうわけではなく、ひたすら聞き役に徹しているようです。
 
 また、ご家族だけでお父様を見送られた1人っ子の喪主の方がショックで火葬になってもフラッとしていらしたので、ひっくり返られては大変と大丈夫と言われるまでしばらく腕を掴んでいましたよとも。
 世話焼きなおばさんは予想以上の会社関係者で混雑してきた会場に、どなたを先に座らせるか周りの空気で察し、さらに、臨機応変にイスを置き換えて、いつの間にか皆さん全員を座らせていました。気がつくと、先ほどまでのざわついた空気が一変し、静寂の中に読経の声だけが響いていました。
  
 ご葬儀の仕事を天職のように思って動き回っているよろず相談役の担当者は先ほどの喪主の奥様には「小声でそっと49日までは忍の一途ですよと言っておきました」とのことでした。


 


2008年10月12日(Sun)▲ページの先頭へ
ご葬儀でも音楽が思いがけない力を発揮することがあります。
 映画「おくりびと」では主人公がチェロ奏者だったという想定のもと、チェロの音色が観客の心に染み渡ってくるように随所に使われ、映画全編をささえているようでした。
 チェロの音だけで生死の感情をこんなにもストレートに出せるのかとびっくりしましたが、楽器の中で人間の音域に一番近いと聞き、大いに納得させられました。
 
 ご葬儀に立ち会っていますと時として流れている音楽が思わぬ効果を発揮することがあります。
 以前、60代の女性の方のご葬儀に伺った時も、音楽を聴いて万感胸にせまるものがありました。
 無宗教葬のご葬儀は故人の大好きだった音楽をとのご要望で、式の始まる前からずっとジャズが流れ、穏やかな雰囲気の中で式は進行していきました。
 やがて、会葬者お一人お1人の献花が始まると、一気に音楽は越路吹雪のライブ盤に代わり、臨場感溢れる華やかな音楽と沈黙の献花が鮮やかなコントラストを創り、それはまるで若くしてお亡くなりになった無念さを訴えているようでした。
 歌が盛り上がればなおさら悲しみが倍加されるようにも感じられました。
 最後はさとうきび畑の歌でご出棺になりました。
 突き抜けるような青空の下、お見送りした後も、さとうきび畑のざわめきだけがいつまでもリフレインして耳に残り、しばらく立ち尽くしていたほどでした。
 


2008年10月06日(Mon)▲ページの先頭へ
映画「おくりびと」での「食べる」行為は生と死を能弁に語っています。
 人間「食べる」という生々しい行為と生と死という厳粛な現実は一見水と油のようですが、どこか表裏一体の感があるようです。
 食べることは対象となるもの、それは動物であれ、植物であれ、全ての命を奪うことになります。
 それが動物や魚であればよりリアルに表現されます。私達は今まで生きていたものが動かなくなることで死をはっきり認識し、それを口に入れ「尊い命をいただきます」ということになるのでしょうか。
 
 映画「おくりびと」でも、「食べる」シーンが随所に出てきます。それも重要な箇所で。「食べる」という行いだけで観ている人に時間の経過やより深い意味合いを感じさせています。
 いきなり飛び込みさせられた最初の仕事で、腐った肉体と対面させられへとへとになって帰ったその夜の食卓は、生きた鳥をひねりつぶした鳥なべで思わずもどしてしまうシーン。
 仕事に慣れてきたクリスマスの夜には、事務所でチキンを貪るように食べる納棺師の姿がありました。
 主人公が仕事をやめようと決心し伺った社長の部屋ではふぐの白子を美味しそうに食べている社長の姿がありました。
 何も聞かず、主人公に網であぶった白子を差し出し「死ぬ気になれなきゃ食うしかない」と言って「困ったことにな」とつぶやく社長がいました。
 主人公が納棺をした後、お礼にもらった新聞紙にくるまった干し柿を社長と一緒に車の中でぱくつくシーン。
 生まれ故郷に帰りたい一心(?)で死ぬのがわかっていながら川を上っていく鮭の姿。
 時としてユーモラスな、また滑稽な姿を見せながらも「食べる」シーンは能弁に語っているようです。


2008年10月03日(Fri)▲ページの先頭へ
映画「おくりびと」を観て思ったこと、その2・納棺師の仕事とは・・・。
 「新しい浴衣とパンツをご用意しておいてください」万が一の時、前もって病院の看護師さんから指示があります。最近はパジャマが多いとのことですが、着物の方が袖の下に空きがあり断然着せやすいようです。お疲れの看護師さんたちのためにも洗濯済みの浴衣でよろしいですからご用意しておきましょう。
 着替え、簡単なメイクは病院側でもほどこされるため、通常の場合あえて納棺師のご登場ということは少ないようです。
 また、長患いの方、諸般の事情でご家庭のお風呂に入れなかった方には「湯灌の儀」で身体を洗い清めてそのまま、髭剃り、メイク、旅支度への着替え等、全て湯灌の業者側ですませることができます。
 ですので、納棺師の役割はむしろご遺体が安らかな状態ではない場合に一番発揮されるのではないでしょうか。映画「おくりびと」では流れるような所作に目を奪われがちですが、主人公が最初に出会った死後2週間たった孤独死の老人の納棺。このような出来事に向かい合える真摯な気持ちがご喪家の心を揺さぶるのではないでしょうか。
ご喪家のお気持ちを汲み取り、修復していく作業はいかばかりのものなのだろうか。
 
 通常、一連のご葬儀の流れの中で納棺の儀は病院から搬送後ご家族立会いのもと、葬儀社の担当者が取り扱うことが多いようです。担当者はできるだけご家族皆さんの手を煩わせながら、お見送りをするように心がけているようです。
 但し、生前のご病気如何によっては体液から感染することもあるので処置を素早くするか、何もしないかの判断が求められることもあると聞きました。
 ご遺体をやたらに動かしてはいけない場合もあるようです。

 葬儀社の担当者の中には一つひとつが余り分業になりすぎるのはと疑問視される向きもいらっしゃいました。
 


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カレンダ
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