あさがお葬儀社紹介センターの相談員日記 - 2010/03

葬儀の相談はあさがお葬儀社紹介センター

2010年03月29日(Mon)▲ページの先頭へ
中央環状線山手トンネル
 今日、大船まで用事が発生しましたので、開通したばかりの「中央環状線山手トンネル」を利用してきました。
18:30頃、戸田南から首都高速に乗り、中野長者橋まで渋滞もなくスムーズに走れましたが、中野長者橋を過ぎた辺りから渋滞に。
富ヶ谷の出口から先が二車線から一車線になっており、ここで流れが悪くなっていました。一車線になってからは、用賀方面に向かい、3号線との合流でまた渋滞。
3号線に乗るとスムーズに流れるようになり、用賀で下りました。
時間帯も悪かったと思いますが、環八を利用した方が早く、用賀辺りにつけたような気がします。
帰りも、用賀から首都高速に乗り、大橋ジャンクションから5号線方面へ向かいました。大橋ジャンクション内はループ構造になっていて、かなりの急カーブと勾配です。ここは制限速度が40kmになっていました。いつか事故が起きそうな気がします。
行きと違って、池袋線手前で二車線から一車線になるところが少しだけ詰まっていた他は、とてもスムーズで、大橋ジャンクションから戸田南まで約25分くらいで到着しました。
山手トンネルの開通によって、渋滞長が3割減少する見通し。渋滞解消が一番のエコなのではないかと私は思います。


2010年03月25日(Thu)▲ページの先頭へ
菩提寺を維持するためには・・・。
 最近お電話を頂く中でお寺に関係するご相談が目立ちます。
 当センターにご連絡頂くということは、どこに伺ってよいのか迷ってのご相談とお見受けします。
 内容はお布施に関するものが大半を占めていますが、菩提寺へのお布施に関してはお答えできないというよりお答えの仕様がないというのが現状です。
 菩提寺さんの格や地域によっても、千差万別の様相を呈している状態ですので、同じ檀家さんやご親族に伺うのが筋道ですが、お付き合いがなかったり適任者が見当たらないという方がほとんどです。
 しかし、途方に暮れて掛けてきたお電話ですので、時としてあくまで相場であり、目安にしかならないことをお断りした上で、具体例をお話する場合もあります。
 一方、葬儀社さんも菩提寺さんとのお布施に関することへの関わりはタブーであるとされています。戒名も上の位に行くにしたがって同じランクでも格差がでてきます。うっかり口を挟んだがために話がこじれてしまうことにもなりかねません。

 また、お布施以外でも、先日は菩提寺への寄付に関するご相談も頂きました。
 お寺が老朽化したので修理に関して1口10万円、以前からお墓がある方は3口以上、新しいお墓の方は1口以上を上納してくださいとのご連絡があり、年金暮らしでの出費に困っていらっしゃるとのこと。
3年前にも本堂の屋根の葺き替えの時払ったばかりで、あちこちが老朽化しているのでこれから先もまだ請求されるのではと心配されています。
なによりも、お知らせに関して3年前の時はお伺いをたてる文面だったのが、今回はあまりに事務的なので、直接お寺からではなく中間業者が入っているのではとまで勘ぐり、不信感を抱いていらっしゃるようです。
 しかし、お寺ではご住職が勝手に決めるのではなく、檀家の総代会や世話人会があり、そちらで決められるのでご事情を説明してご相談されるのも一考かと思います。
 お寺さんの維持・管理という台所事情もあるとは思いますが、現状維持から時代の変化を読み取っていくお寺さんが出てくることに期待したいですね。


2010年03月21日(Sun)▲ページの先頭へ
都内では献体される方とのお別れもままならない・・・?
 少し前まで定員割れをしていた献体希望者が、最近では激増傾向にあり、今や順番待ちの状態との報道を度々耳にするようになりました。
 献体をご本人が希望されていても、直前になってご家族ご親族の方からの反対がでるケースも多々あるとのこと、その為か条件もさらに厳しくなっているようです。

 しかし、都内の方の場合は特にその難関を無事潜り抜けて皆様のお役に立てられるとほっとされる前に立ちはだかるものがあります。
 その一つが斎場探しです。
 都内の火葬場併設の式場はそこで火葬することが前提になっております。
 いきおい自社式場を持たない葬儀社さんは他の貸斎場を探さざるを得ない羽目になります。

 先日も「献体が決まっている都内在住の叔父が万一の時、親族や古くからの友達数人と最後のお別れをしたいがどうすればよいか。叔父には兄弟がいるだけで、ご葬儀は祭壇も要らないのですが・・・」というご相談を受けました。
 病院から直接献体先に運ばれる場合以外は、献体でも通常のご葬儀の形式は同じです。
 出棺先が火葬場か献体先の大学病院かの違いだけですが、問題は予算。
 予算を抑えるためにはまず公営斎場を探しますが、区によって有る所、ない所と様々です。
 伺えば、該当する区にはご親族何方もいらっしゃらないとの由。民営の貸斎場はお値段の点で・・・。
 依頼者は川ア在住の方。
 それではということで結局東京を断念し、川崎市に自社斎場を所有している賛同社をご紹介させていただきました。
 何でもありの東京ですが、その分制約も色々付いてまわるようです。
 東京からの搬送を考慮しても依頼者のお住まい近くでということになりました。




2010年03月18日(Thu)▲ページの先頭へ
顧客は囲い込めるものなのか
 周りに何人かいる、ポイント妖怪に説得されてしまい、現金での支払いはあまりメリットがないので、はなるべく現金で物やサービスを買わないようになってきました。ポイントはたまり、以後の買い物でポイントを利用すれば、確かにお得です。

 さて、ポイント妖怪に取りつかれて困ることと言えば発行体の違う様々なポイントを管理するのが大変なことのようです。

 しかしながら、何か不便があれば、不便を解消するというように時代が流れるのは法則みたいなものです。
 ポイントでいえば、発行体の違うポイント同士でも、ポイント移行できるようになり、さらには、それを電子マネーに変換できるようになる流れになってきています。まさに、様々なポイントを一つにまとめて、それを現金のように使えるようになる、めでたしめでたしという感じです。

 しかしながら、無理なことは長続きしない、という別の法則もあります。
 ポイントを企業側から見ると違った風景が広がります。
 顧客を囲い込むためにポイント制をもうけたのに、ポイント移行できる状況になればなるほど、ポイントの意味がなくなるじゃないか! (もちろん、中には恩恵を受けるところもありますが)
 しかも、色々なところで、うちのポイントが使え電子マネーにもなるとすれば、ポイント消化率100%近くになって経営を圧迫するじゃないか!
 独自のポイント制をしているところでは、ポイント移行できる状況になればなるほど、自店だけしか使えないポイントは顧客に魅力がなくなってしまうのはないか。

 どのみち、顧客を囲い込ための仕組み作りにポイントを位置づけると、競合他社を上回る高い還元率などを用意し続ける必要があり、互いが疲弊する消耗戦に陥らざるを得ません。

 しかしながら(三度目)、そもそも論としてポイント制度や会員制度によって顧客を囲い込むことなどできるものなのでしょうか? 

 そんな仕組み作りより、商品力やサービス力、ブランド力といった企業の本質的な価値を上げて顧客を増やすしかないような気もします。

 ちなみに、ポイント制はありませんが、葬儀社でも会員制をしているところはたくさんあります。しかし、顧客の囲い込みに大いに成功したという事例を聞きません。


2010年03月16日(Tue)▲ページの先頭へ
斎場選びには“清潔” の2文字が重要です。
 当センターの賛同社のホームページに気配りや心配りと同様に重要なこととして 、“清潔”の2文字が挙げられているのを見て、ほっと嬉しくなりました。

というのも、ご葬儀の立会いで各斎場に伺っているうちに、「清潔」であることが斎場の重要なポイントの一つであることを実感したからです。

 先日も、伺った斎場では和室のお清め所・控室とも思わずその場に暫し留まり一服お茶を頂きたくなるような趣がありました。
 日当たりが良く、繊細な細工が施されたお部屋というだけではないようです。
 担当の方は「バブルの頃に建てられたので贅沢に創られていますが、それに恥じずにお掃除は徹底してやっています。お蔭様でお客様にも大変好評です」とおっしゃっていました。

 以前、こぢんまりした年期の入った会館に伺った時も「何と言ってもここは清潔ですよ。ゴミ箱からトイレ、台所の隅々まで管理人さんの掃除が行き届いていて、気持がいいですよ」と開口一番、葬儀社のベテランの担当者から太鼓判を押されたこともありました。

 また、区指定の斎場ではお客様を見送った後、女性スタッフがエプロン姿になり一斉にお掃除に取り掛かり、「毎回ごとに徹底的にお掃除をしてきれいにしていることが、こちらの特徴です」と手を休めず笑顔で語っていたのが印象的でした。

 センターが行っているアンケートでもお掃除が行き届いている斎場、意に反して立派な建物なのに控室の隅のゴミが最後まで気になった斎場など、高い関心が寄せられています。気配りや心配りに通じます。

 「掃き清める」と言う言葉があるくらい、お掃除が隅々まで行き渡っているかどうかが大きな決め手になるようです。

 ご遺族にとってはかけがえのない方をお見送りする大切な場所です。

 斎場を見学される場合は予算や建物だけではなく“清潔”の2文字もお忘れないように・・・。



2010年03月12日(Fri)▲ページの先頭へ
淺川マキさんとわが友を偲んで・・・。
 ラジオからめったに聴けない浅川マキさんの歌声が流れてきました。
「不思議な橋がこの町にある  渡った人は帰らない・・・」
 北山修さん作詞のこの歌はあの世とこの世を繋ぐ橋のことだろうか。
 心にズシリと響く歌を聞いて、今、目の前に置かれたはにかんだ少女のような笑顔のマキさんの写真を、3月4日のお別れの日にお届けできなかったのが悔やまれます。

 大ファンだったマヘリア・ジャクソンとご一緒の写真の裏には「1971年3月厚生年金会館楽屋にて」と書かれています。
 あのマキさんが1人の少女に戻った瞬間を撮らせていただいた1枚です。

 かつて、六本木のご自宅に伺った時、1枚のレコードを聴かせていただきました。ピンと張った曇りのない少女の歌声に「誰が歌っているかわかる?」と聞かれ咄嗟に出た言葉は「美空ひばり・・・?」「そう、彼女がまだデビューする前のレコードなの。どこにもないけれど、彼女の歌の中でこれが一番好きなの」。
 一見全て正反対のように見えるお二人でしたが、アンダーグラウンドの女王とまで言われたマキさんは生きる姿勢の中で共通項を嗅ぎ取っていらしたのでしょうか。

 実はお別れの日はマヘリア・ジャクソンとの橋渡しをしてくれた方のご葬儀の日でした。
 その古くからの友人もマキさん同様にあまりにもあっけなくあの世に旅立ってしまいました。
 今頃あちらでは写真のように3人で音楽談義に花を咲かせているのでしょうか。



2010年03月09日(Tue)▲ページの先頭へ
沢田公園

 先日、西伊豆の仁科にある沢田公園へ行ってきました。
駐車場に車を停めて園内に入っていくと、足湯の施設を発見。
自由に浸かっていいそうで、数名が浸かっていらっしゃいました。
足湯は遠慮して、さらに園内の奥へ進みました。
右側にある山の斜面を見ると、遊歩道らしき道が山頂まで続いているように見えます。
園内奥で海を見て引き返すつもりでしたが、せっかくなので登ってみることに。
遊歩道を山頂へ向かって歩いていると、河津桜を発見。きれいに開花していました。
山頂に辿り着くと、さらに遊歩道が続いています。
どこまで続いているかわからない遊歩道をひたすら歩いていると、となりのトトロに出てきそうなスポットが・・、ひと気がありません。
そこからしばらく歩き続けると、「亀甲岩」(かめごいわ)に到着しました。
ここが終着点なのでしょうか。
そこで海を見渡して引き返えしました。
暖かくなったら、もう一度行きたいスポットです。



2010年03月08日(Mon)▲ページの先頭へ
心に残ったご出棺は・・・。
 通常1時間の葬儀・告別式もそれぞれ事情で時間が押して最後は秒刻みになり、ともするとあわただしい中のご出棺に相成るケースが多々見受けられます。
 しかし、このご出棺こそが心に残るご葬儀になるか否かの決め手にもなるようです。
 静々と執り行われるご葬儀も最後の最後にクライマックスがもたらされ、ご会葬の方々の心にその余韻が長く残るからでしょうか。

 先日のご葬儀では、出棺に際し大学柔道部のかつての仲間が大勢集まり、円陣を組み部歌で送り出す姿は圧巻で、故人には最高のプレゼントになったのではないでしょうか。

 また、終わり良ければ全て良しということではありませんが、以前、通夜の席でもめ事があり、大方のご親族によるご葬儀ボイコットというハプニングがありました。
 しかし、出棺の際、長年苦楽を共にした仕事仲間が口々に「○○ちゃん、ありがとう、ありがとう」と叫ぶやいなや、今までの重い空気が一変し、和やかなお見送りができたことが思い出されます。

 ジャズ、越路吹雪のライブ盤と大音量の音楽を流し続けた無宗教葬では、ご出棺に際しての最後の曲は一転してクラシック歌手による「さとうきび畑」でした。
 静かに流れる歌声は仰ぎ見た真っ青な空に突き刺さり、心の中まで響き渡って胸に迫ってくるようです。
 「ざわわ ざわわ」のリフレインがいつまでも耳に響いていました。


2010年03月06日(Sat)▲ページの先頭へ
手紙に託す故人への思いは格別です。
 告別式が無事終了し、最後のお別れの儀では柩に通常故人愛用のものが入れられますが、時として、特別かかわりのあった方からのお手紙も入れられます。
 とりわけこのお手紙の存在は格別なもので、故人の人生が浮き彫りにされ、列席された方々も万感胸に迫るものがあるようです。

 先日立会いに伺った現役サラリーマンの方のご葬儀では、小学生の次男のお手紙が故人の胸にそっと置かれました。
 「お父さんへ。2週間頑張ってくれて有難う。天国のおじいちゃんと仲良くね」
 お父さんとの約束、楽しかった思い出を語る坊やの声は、悲しみ以上に決意を表わしているようでした。

 また、3年ほど前のご葬儀になりますが、ご事情で数十年ぶりにお会いされた妹さんがお兄様宛てに書かれた手紙は妹さんの声と共に思い出されます。
 「あんちゃんらしく生きた人生でしたね。
 父も母も早く亡くなったのであんちゃんにぶらさがっていました。いつも心の支えはあんちゃんでした。
 やっと○○家の重圧から解放されましたね。一宮のお墓は弟の○○が守っていきます。あんちゃんは幸せ者でした。ありがとう。安らかに眠ってください」

 耳にピアスをした若者が喪主を務められたご葬儀では、故人の妹さんからの手紙が拝読されました。
 ご事情でご葬儀に間に合わない為、遠い沖縄の空の下で綴られた弔文はお兄様への思いと最後のお別れができないもどかしさであふれ、列席された方々は涙をぬぐう間もないほどでした。
 とりわけ泣きはらした喪主の姿が印象的でした。


   




カレンダ
2010年3月
 
     

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